CWB秋元さんコラム

「今の日本こそ、アジアの若者から学ぼう―フェアトレードパーティーに参加して」

フリーライター 秋元裕二

「日本に学べ」――。明治維新を成し遂げて、アジアで最も早く近代国家の仲間入りをした日本から、何かを学ぼうと多くの若者が訪日した。古くは中国から作家の魯迅、辛亥革命を起こした孫文、袁世凱など。英国支配下のインドの独立を目指したラース・ビハーリー・ボース(新宿・中村屋のカリーのレシピの創案者と言った方が分かり易いか)、近年では台湾の元総統・李登輝氏。ミャンマーの国家顧問アウンサンスーチー氏も日本に留学した。

その明治維新から昨年(2018年)は150年。2019年は平成から令和へと年号が変わった。平成の時代を後年の歴史家はどう総括するのだろうか?

平成は確かに国中焼け野原になるような戦争は幸いにも起きなかった。しかし、政治、経済を見ると平成は失敗の連続だった。経済では平成に入ってすぐバブルが崩壊し、大手銀行・証券会社が破綻し、失われた20年は、失われた30年に、否「失われた40年」になろうとさえしている。政治も然り。二大政党による政権交代を可能にしようと生まれた小選挙区比例代表制度は、1993年の細川政権、2009年の民主党政権と「非自民」政権を生み出した。しかし、結果を出そうと功を焦り過ぎたあまり、有権者には「迷走する政治。決められない政治」と映り、焦りが焦りを呼び政権運営のぎくしゃくさが際立ち、結局今の「安倍一強」体制をつくり出してしまった。

こんな日本にもはや学ぶものなどない―日本人の多くはそう思っている。筆者自身もそう思っていた。日本の若者は極端な内向き志向(CWBの活動に参加する若者を除いては)。車を持たない、胸焦がす恋愛もしない。「振られて傷つくのが怖い」からだとか。「政治?カンケーねえし、経済?知らねーし」と嘯く。「それは違う」と声を上げるとネットで“炎上”するので、「空気」を読み本音を隠しているだけだと信じたいが、半径10メートル以内の幸せだけを考えているようにしか見えない。

5月25日に開かれたフェアトレードパーティー。前に座っていたミャンマーのアダくん、インドネシアのユダくんとアディさんを見て、筆者は思わず背筋を伸ばした。「日本から何かを学ぼう、そして母国へ何かを持ち帰ろう、否、日本から世界を変えよう」という思いが彼らの話を聞いていて、「自分たちは彼らにいったい何を学んでもらうことができるだろうか?」との思いが湧いてきて、もどかしくなってきた。

まだ流暢とはいえない日本語と巧みな英語を交えながら、CWBの活動を通じて「母国を変える、世界を変える」という情熱。そして日本では「発展途上国(失礼な言い方だが)は、宗教対立ばかりしているから、いつまでも経済は発展しない」というステレオタイプな見方が全く違うことなど、実生活に基づき話してくれた。さらに「日本でコミュニティトレードの理論を学びながら、母国でそれを実践していく」と言ってくれたことには、「日本をそこまで評価してくれてありがとう」と、心の中で拍手した。

パーティーが終わった後、彼らと少し話をする機会があった。筆者が「日本人は電車の中でよく本を読んでいると言っているけど、それは昔の話で今はみなスマホの画面ばかり凝視しているよ」と言うと、「そうかなあ?」と不思議そうな顔をしていた。また、アダくんがパーティー中に会場の人に「日本はなぜ、自殺する人が多いのか?」という的を射た疑問にはハッとしてしまった。

日本は清潔な街、治安もいい(川崎・登戸で小学生を狙った通り魔事件が起こったのはこのパーティーの3日後だったが)、食べ物も豊富にある….。それなのになぜ自ら命を絶つの? という納得できない思いがあったのだろう。

「日本に自殺者が多い理由の一つは、学校でのいじめとか、職場でのセクハラ、パワハラなどに悩み心を病んで、命を絶つ人が多い。異なった考えを持つ人を無視する、或いは排除するのが、日本の社会の欠点だ。民族構成が比較的シンプルなことが一因かもしれない。そういう面もよく見て、学んでほしい」と、ユダくんの通訳(筆者の拙い英語では伝えきれなかった)で訴えた。

3人が実際にどんな活動をしているかを確かめるために、8月に現地を旅しようと考えている。

約20年前、某大手紙の山口支局に勤務していた筆者は、取材を通して片岡勝さんと知り合い、「山口から日本を変えよう、世界を変えよう」との想いに共鳴して、「商店街の空き店舗で山口大学の『ベンチャービジネス論』の講義」「やまぐち女性起業家スクール」「地域財オークション会議」、地元の西京銀行とコラボした「しあわせ市民バンク」などを取材し、ぜひこれを皆に伝えようと記事にした。しかし、記事はいつも「地域の面白いニュース」(マスコミ業界でいう「キワモノニュース」)としか見なされず、東京の編集責任者は一顧だにしなかった。

そして、20年たち「女性の起業が日本を変える」とかクラウドファンディングとか、「地域に貢献する大学」などの記事があたかも今始まったことのように、でかでかと紙面(ネット新聞も含む)に載るのを見るたびに、「何を寝ぼけたこと言ってるの? あなたたち20年遅れているよ」と苦言を呈したくなる。まだ詰めていないが片岡さんと「そんなことはもう山口でやっていた」(仮題)というテーマで別の機会に書こうと打ち合わせている。

メディアを論評するのはこの文の趣旨ではないのだが、大手メディアはアジアというと政変、テロといった社会的な事件と「〇〇会社が、アジアに工場建設。旺盛なアジア需要を見込む」など、大企業を主語にした記事ばかりが目立つ。彼らとて、それが全てではないと思いながらも、そこに住む市民の視点からのニュースの発信まではなかなか手が回らないようだ。

微力ではあるが、筆者がCWBの活動などを伝えて、日常生活に安穏としている若い人(安穏としているのは、若者よりもむしろ年金をたっぷり貰っている高齢者だと感じるが)に「自分たちはこれでいいのか?」と振り返ることに気づいてくれればうれしい。

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