時代はどんどん進んでいる

 昨年の秋から日本を離れて7か月間、カンボジアの私たちの事務所にいました。コロナに振り回されて世界中でマスクをつけている日常が当たり前になっている中、私はコンポントムのプーンアジという寄宿舎に住み、地元の生徒たちとカシューナッツの収穫後に毎日のように乾燥させて袋詰めするような作業で汗を流して働いて…という生活をしていたので、何らこれまでと変わらない生活でした。敷地内の外に週1回マーケットに買い物に行ったり、銀行に出かける時以外はマスクをつけることもほとんどありませんでした。

 しかし、2月終わりくらいからカンボジアもコロナ感染者が増え始め、政府も封じ込めに乗り出しました。4月半ばのクメール正月に合わせて州間の移動禁止措置が発令され、さらにはますます広がる状況を鑑みてカンボジア中のレストランの営業が禁止になりました。

 私も昨年末から日本へ帰国する予定がどんどん持ち越され、これ以上は家族のためにも延期はできないということで、ひどくならないうちに日本に戻ることにしました。しかし、陰性証明をもらうために早めにプノンペンに着いて病院通いをするだけでなく、このロックダウン中の移動は容易ではなく、シェムリアップにある領事事務所に州間をまたぐための通行願いのレターを発行してもらうように依頼したり、いろんな手続きを踏みました。いろんな人の協力のおかげで、無事に日本まで戻ってきましたが、大阪は過去最悪の広がりを見せている時期でした。

 この帰国に際して、街中に出てみていろんな変化に気づかされました。1つはコロナに対する日本との意識の違いです。プノンペンでは早々とマスクをして外出していない人は25ドルの罰金、さらにはこのクメール新年(4月14から17日)前後にレストランの閉鎖、陽性者が現れたプノンペン最大の市場であるオルセーマーケットとさらにはオールドマーケットも閉鎖。こういうことを早々に警告を出してすぐに実行されています。しかも市場や飲食店には補償なしです。イオンなどのショッピングモール内のレストランも閉鎖。ちょうどプノンペンに着いた次の日からこのような状況になったので、静まり返ったプノンペンには驚きでした。通常クメール新年の前は民族の大移動でプノンペンから地方へ帰る人が多くてバスなどもとれない状況ですし、家族が一堂に集まり、みんなで大皿のごちそうを囲んで団欒の時間が持たれるので、その準備のためにマーケットはものすごい活気で、商売人にとっては1年のうちで1,2を争う書き入れ時です。それをカンボジア政府が封じ込めようとしているのは、やはりこのコロナ自体の感染拡大をいかに恐れているかということだと思います。それに比べると日本はかなり緩い印象を持ちます。

(私が帰国した後も大使館からお知らせが来ているのですが、プノンペン内でも移動が厳しく規制されて、ロープが張ってあって隣の地区への移動も制限され、本格的にロックダウンが始まりました。たまたまスタッフが私と入れ替えで日本から入ってくれたのですが、プノンペンで3週間ほど足止めされ、彼女のレポートによるとデリバリーサービスも近所から出ないと届けてくれないそうです)。

 また、PCR検査を受けに国立衛生研究所に行った時のこと。朝7時から施設が開いているがそれより早くに着いて並んでおいたほうがいいという情報を得て、6時20分に到着しましたが、防護服に身を包んだ200人以上の人たちがすでに長蛇の列でした。中国人の集団です。カンボジアでの広がりを恐れてすぐに祖国へ帰ろうという人たちが列をなしていたのですが、たまたま個人で並んでいた上海出身の女性が日本とのビジネスをやっていて日本語が流暢だったので、待っている間にいろいろ聞かせてもらいました。中国の検査基準はPCR以外にも血液検査もあり、2日間通わないといけないといっていました。さらには上海に着いてからすぐにホテルに2週間隔離され、物価が高いので10万円以上の滞在費がかかり、その後自宅に戻ってから7日間待機ということで、21日間も身動きが取れない状況だそうです。日本はどうなの?と聞かれ、着いてすぐのPCR検査で問題がなかったら家族に車で迎えに来てもらったら家に帰れて、家で14日間おとなしくしていればいいと伝えたら、中国と対応が全然違うんだねと彼女も驚いていました。

 そしてプノンペンに数日滞在してみて、補償もなくレストランが閉鎖されているのですが、さらにアルコール類の販売も一切禁止となりました。みんなが集まって騒ぐことを見据えていろんなことが制限されています。それでもバイクでのデリバリーサービスが定着しています。日本でいえばUberEatsみたいなサービスがこの1,2年で広がりを見せており、FoodPandaやNham24など、いろんなバイクがプノンペンの街中を駆け巡っています。ジュース1杯からでも自宅へ届けてもらっていますので、この気軽な手配の感覚はおそらく日本以上ではないかと思います。外国人が多い地区では「Take Away OK」と入口に書いて、持ち帰りだけは受け付けているカフェなどもあり、この徹底ぶりは日本で役人たちの宴会でコロナ感染というニュースとは全く違うものです。

 また、プノンペン空港でラウンジを使ったのですが、これまではビュッフェスタイルで利用者が好きな分だけ取りに行っていましたが、注文方式に変わっていました。QRコードがテーブルにあり、それを読み取るとフードとドリンクのメニューが出てきてほしいものを選び、テーブルまで届けてもらいます。これならばフードロスも防げます。

 そして飛行機(シンガポール航空)に乗ってみると、衛生キットが一人一人に配られ、席に着くと機内誌は当然なくなり、機内食は容器が紙製でスプーンなどもすべて木製でプラスティック製品が消えていました。これまでのプラスティック袋などの無駄を考えるとこれも大きな変化だし、さらには不特定多数の人が触る機内誌などはなくなって無駄なものがなくなっていく、こうやって世界は変化していくんだなというのを実感しました。日本ではなんでもスマホでやるのはどうも…という抵抗も根強いですが、どんどん世界はペーパーレス、非接触のコミュニケーション、人が集まる場所をつくらない、効率化が進んでいます。

 そうやって考えてみると日本もサービス産業を中心に全てを見直していく必要があります。街の美容院だったらどういうことができるのか、電気屋さんなら?小さなパン屋さん、ケーキ屋さんだったら?介護や保育サービスは?ライブの楽しみ方は?伝統的なお祭りの開催の仕方は?というのが1つ1つ問われていきます。スマホを使って注文できると翻訳も手間がかからないので新たに日本に住んでいて日本語があまり読めない外国人の掘り起こしにもなるか?など、いろんな可能性も秘めています。そして逆に直接顧客と対面した時にどんな付加価値をつけたらいいのだろう?これまでのサービスの質や内容が変わっていくことを考えるとわくわくします。

 世界は動いていることを実感しました。それもいい方向へ動いていく波を私たちがどう捉えていけるのか。上手にサーフィンしていく必要性を強く感じて日本に帰国しました。

追伸>帰国して5月初旬に書いた文章だったのですが、サーバーの不具合でしばらく投稿できませんでした。その後、7月初旬現在、カンボジアの感染者数は広がっており、1日500人~1000人近い感染者が毎日出ているようです。プノンペンやシェムリアップなど都市部が多いとは聞きますが、私が買い物に行っていた近くの食料マーケットでも感染者が出たと聞いています。早く収束することを願うばかりです。