「伝統」は守るべきものか

松井 名津

 今回のお題はミルと伝統である。正直この二つは相容れないのと相場がきまっている。大阪のうどんと東京のうどんのようなものだ(うん?ちょっと例えが変かも?)。まぁどちらかに肩入れすると、どちらかを貶さざるを得ないという感じに受け取って欲しい。その筆頭格がハイエクである(以前も紹介したことがある気がするが)。ハイエクは人間の理性による社会設計を嫌悪し、むしろ慣習や伝統を自生的な、自然に出来上がってきたルールとして重んじる。そんなハイエクにとって同じ個人主義であり、個人の自由を尊重しながらも功利主義者として、理性に基づいた新たなルールを求めるミルは獅子身中の虫といったところなのである。

 確かに功利主義、ことにベンサムは合理と論理によって法体系を作り直すことを目的として、功利主義を組み立てた面が強い。何しろ今でもそうだがイギリスの法体系は「体系」をなしていないばかりか(実のところ成文憲法もない)法令や判例の寄せ集めに過ぎず、原告と被告が互いに矛盾する判例の優先を言い立てる場になっていた。それゆえ判例に精通しない庶民は法律の場に出されると決まって不利益を被ることになっていたのである。したがってベンサムは過去の判例や法令等に囚われない、真っ新な法体系とそれにふさわしい言葉を作ろうとした。そして法体系の基準に「最大多数の最大幸福」という功利原理を置いた。ハイエク的に言わせれば、人間の理性に基づいて人間の生活や行動を制限しようという「理性の思い上がり」の典型例ということになろう。

 とはいえこのベンサムの欠点ー正確にいえば偏向に関して、内部から批判を展開したのがミルでもある。その批判を一言でまとめて仕舞えば、ベンサムは法律を合理化することに専念しすぎたあまり、法律を内側から支える道徳や道徳心といった感情を無視してしまったということである。さらに法律の枠外にある日常的な振る舞いに関するルール(イギリスでは伝統的に道徳理論は人間の行動原理に基づくものである)を説明することができない点にあった。現代でも良く功利主義批判に使われるのが「危機的状況で誰を優先的に助けるのが功利主義から見て最も好ましいのか」という問いかけである。一般的にはタイタニック号のように「女・子供」優先である。が、もしノーベル賞級の学者が乗っていたら?とか、世界的な音楽家が乗っていたら?のように、現在才能がある人物を助けるべきだという議論が功利主義では成立するのではないか、それは人間の自然の感情と相反するという批判である。

 実はミルと伝統というテーマは、この場面で非常に面白い展開を見せる。ミルは「道徳や全ての行為に関して、全ての人は…自らの手によってではなく、伝統的警句といった形でそれまで蓄積された知恵によって、自らを導いているのである」という。ミルは一人一人が自分の行動の全てを予見することはできないということに同意する。上の例でいえば、誰がどのような才能を持っているのかということを予見することはできないし、現在の才能を優先して未来のありうべき才能をとるべきか悩むこともできない。なぜなら人間は未来の全てを予見することができないからだ。それは何も危機的状況だけではない。常日頃の日常的な行動であっても、人間は昔からの知恵に従って生きている。今では少なくなったかもしれないが、かつては天気予報ではなく夕焼け空によって明日の天気を占うのが普通だった(それにその頃の天気予報よりは、夕焼け予報の方がより確実だった)。西風が吹く時、南風が吹く時、残雪が馬の形を取る時…農事暦に残ることわざは先人が積み重ねてきた知恵であり、農業科学の情報よりも確かなものであったりする。こうした先人の知恵が行動として守られてきたものを「伝統」と呼ぶのであれば、ミルは伝統に対して敬意を払っていたといって良いし、こうした伝統がなければ、人々は将来に向けて実践的行動を積み重ねることができないと考えていたといっていい。

 ではなぜミル=反伝統という考え方が根付いたのだろうか。それはミルの時代にこうした伝統と人間の直観あるいは人間性(人間の中の自然 human nature)を無根拠に結びつけ、絶対視し、普遍的なもの不変のものと考える人たちが多かったからである。そしてこの議論は伝統によって人を拘束し、活動を妨げる方向へと進んでいく。「女性の隷従」でも繰り返し取り上げられているように、女性は「生まれつき」「自然に」感情的で、ひ弱く、飾りのついた可愛いものが好きで、論理的思考に耐えられないものだとされてしまうからである。

 例え伝統的とされているルールや習慣であっても、社会が、時代が変われば見直しが必要になる。そういう意味では道徳的伝統は常に議論に対して「開かれている」べきものなのである。

 では、いわゆる文化的伝統はどうなのだろう?時代とともに消えゆく身体技能、舞踏や信仰に伴う儀礼、しきたり…。残念ながらミルはこれらについて直接的に言及していない。またおそらく19世紀の西洋人として西洋至上主義的な見地を持っていただろうと思う。インドのダウリーとか、夫が死ぬと妻も殺される習慣などには強く批判しただろう。が、各地の固有の文化に対してそれを拘束的と見るか、自由の表現と見るかは、見る立場によって相当異なってしまう。ユダくんが原稿に書いていたように「安全の見地から顔を隠すヴェールが禁止された」と思ったら、同じく「安全の見地から顔を隠すようなマスクの着用が義務付けられる」ようなことが起こる時代に私たちは住んでいる。全ての相対的とみなすこと、全ての文化に価値があるとみなすことは簡単で容易だが、その一方で女子の陰唇切除のように命に関わる伝統習俗を継続させても良いのかという問題は残ってしまう。

 おそらく手がかりは「議論に対して開かれているか、どうか」にあると私は思う。伝統の保持や保存を言い立てる人の中には、伝統を維持する担い手に条件をつける人たちもいる(横綱は日本人でなくては)、伝統的価値がわかるのはその地に生まれた人だけだという人もいる(所詮外国人には日本の情緒はわからないと得意顔に)。けれど、実際には外にいるからこそ、その伝統の価値を高く認め、自らの生きる道にする人たちがいる。能楽の世界にも、歌舞伎の世界にも、日本国籍を持たない人たちが集まってくる。私と同じ謡の先生について習っている女性は、オーストラリア出身だ。だからいつも謡の章句には苦労している。でも好きだから数十年、習い続けている。彼女は謡の章句を易しい日本語にして欲しいとは微塵も思っていない(日本の教育では易しい日本語にしてしまうのだが)。能楽、歌舞伎、文楽、落語といった伝統芸能でも新作が取り入れられたりする(割と失敗するが)、昔に廃れた曲が復曲されたりもする。日本語が日本人のものだというのであれば、リービ英雄さんの日本語はどうなるのだろう(『我的日本語』は是非読んで欲しい)。

 音楽の世界では古い形式を外の国の人間が保持して、現地の人に大好評を得るということがよくある。例えば日本の東京スカパラダイスオーケストラは、本場ジャマイカで「こんなスカに忠実な古式ゆかしいスカバンドがいたんだ!!」と驚かれ、デキシーランドジャスではニューオリンズラスカルズが「こんなデキシーをやるのは俺とこと君ところだけだ」大御所ジョー・ルイスに認められている。日本でも本物の演歌歌手として人気を博していたジェロがいる。韓国のパンソリを、インドのシタールを受け継ぎ演奏する日本出身の音楽人がいる。現地ではどうしても時代の流れに押され、マイナーになってしまったり、それだけでは人気が出ないからと新しい分野と混在して行かざるを得ない文化的伝統であっても、外から見れば守るべき価値があるし、外だからこそ守っていける場合もある。

 伝統だからと細々と守り続けるイメージがあるが、実は外に向かって開かれているのが伝統なのかもしれない。何世代にもわたって受け継がれてきたからこそ、そこには時代を超える何かが存在しているのだろう。確かに権力者の恩寵のおかげもあるかもしれない。けれどそれでは説明できない何かがあるからこそ、風俗が変わっても残そうとする人がいるし、みたいという人、存続を望む人がいる。世代を超えて生き残る力があるのだとしたら、その伝統は国境という人がこの100年かそこら勝手に作った線引きを軽々と超える力があるのではないだろうか?  伝統は守り継がれるべきだ。ただし生きた伝統として、常に新しい血と新しい息吹に開かれることによって。ミルならそう言いそうな気がする(ちょっとひいきの引き倒しだが)。担い手が異なっても構わない、やり方が変わって行っても構わない。いやむしろそういう変化が伝統の中にある「守るべき中核」が何かを問い続ける原動力になるのではないか。そういう問いを受け付けず単に伝統だからとあぐらをかいて、偉そうな顔をしているのに限って、底の知れた浅薄な伝統だったりするのではないかと勘ぐっている。