プレス・オールターナティブ河村恭至×CWBアドバイザー 松井名津
〇改めてインスパイア経済とは?
河村:創業者の片岡が提唱するインスパイア経済について、明確なイメージを持てないでいますが、もう少し教えてください。
松井:CWBの活動は、私たちの哲学である「インスパイア経済」に基づいています。お金そのもの、市場システムは否定しません。しかし、人間を単なるお金儲けに駆り立てる「マネタリズム」を受け入れません。 インスパイア経済では、お金は取引の手段にすぎませんし、各取引を容易にするために市場システムを利用します。
人間には競争する性質がありますが、お金だけが評価の軸になると、ほとんどの人はより多くのお金を手に入れようと翻弄し、お互いを押しのけ合います。しかし、インスパイア経済では、他の人にいい刺激を与え、次なる行動を導くアイデア、コンセプト、活動が最も評価され、賞賛されるのです。つまり、最も共感されたものが評価されるのです。この制度では、評価尺度が複数かつ多様です。スポーツの功績、農作物への農民の努力、編み物の技術などによって、他の人に感動を与えることができます。したがって人々は多数の価値観の土俵で勝負できます。 こうした異なった土俵に共通していることが1つだけあります。 どれだけ他人に感動を与えたり、自分自身を向上させられるか、です。
この「インスパイア経済」には 2つの特長があります。「働き学ぶ」と「コミュニティワーク」です。「働き学ぶ」は個人の能力の側面、「コミュニティワーク」はコミュニティの側面からインスパイア経済を見たものです。 たとえばIT技術を学ぶために、「働き学ぶ」から私たちのネットワークに参加した人がいるとしましょう。もしその人が自分自身または自分の家族のためにお金を稼ぎたい、そのためにスキルアップしたいという動機だけであれば、その人は私たちのネットワークから離れていくことになります。私たちのネットワークでは、コミュニティのために働くことが求められているからです。 IT技術は地域社会に役立つものでなければなりません。ITプログラミングのスキルを取得したい場合でも、「そのスキルで何に貢献しますか?」と尋ねます。 個人スキの向上も、すべてのスキルが自分や他のコミュニティの仲間に役立つことに気づくでしょう。そうでなければ、スキルだけでは意味を成しません。
コミュニティと個人の交差点には「社会的共通資本」があります。これは私たちの未来社会の重要な側面です。私たち市民は、橋や道路などの社会資本を建設し、維持します。箱ものだけでなく、コミュニケーションも構築し、維持します。それには地域で橋など共通の社会資本を行政に頼らずに自分たちで管理し修理するなどの協働作業が有効です。そうすることで良好なコミュニケーションを保つ1つのきっかけになります。依存はしないが、助け合う。各個人が自分の生活や精神面で自立している必要があります。相互尊重が不可欠です。時にはもめることもありますが、目的が橋の修理なら暴力を使うことは考えにくいでしょう。むしろ、関わろうとしない、考えようとしない無関心は私たちの共通の敵です。
〇社会を意識し、関係を築くために
河村:「経済」という言葉を検索すると、「人間の共同生活を維持、発展させるために必要な物質的財貨の生産、分配、消費などの活動。それらに関する施策。また、それらを通じて形成される社会関係をいう」(日本国語大辞典)とありました。
「生産」「分配」「消費」という3つの要素が書かれていますが、「消費」する対象を手に入れる手段として、自ら「生産」や、仲間と「分配」の割合は低く、多くの消費財は「売買」によって入手されているのにそれが抜けていると感じます。さらに「贈与」の割合を増やしていくこともカギと考えており、「生産」「分配」「消費」「売買」「贈与」、この5要素があると思います。一方、松井さんのお話から「他の人に感動を与える」「共感」「評価」という3つの要素を抜き出しました。この3つの要素は、上述の大辞典の説明の「それらを通じて形成される社会関係」に直結すると思います。
1)「生産」「分配」「消費」「売買」「贈与」→「形成される社会関係」
2)「他の人にインスピレーションを与える」「共感」「評価」→「形成される社会関係」
どちらの要素も社会関係を形成します。近代社会が生んだ問題の一つが「社会関係」の喪失であることは間違いなく、「インスパイア経済」は社会関係を作り直す仕掛け、だから「経済」なのだと理解しました。「生産」「分配」「消費」「売買」は社会関係が希薄でも成立してしまうから社会関係が失われた、それを補完するためには「他の人に感動を与える」「共感」「評価」が効果的、と解釈しました。一方、「生産」と「消費」がないと生きてはいけないので、これらも捨てることはできません。この両面を持ちあわせるということですね。
「経済」の定義を知らない人には、「インスパイア経済」がなぜ「経済」なのかわからないかもしれません。
松井:「経済」ですが、私自身はEconomyというより「交換市場(システム)」を考えていますが、こうした考え(定義)はごく少数派なので、多数派にできるだけ幅寄せした概念として、河村さんの1)生産・分配・消費・売買・贈与に近い定義です。
“近い”と書いたのは売買(交換)としたいからです。貨幣(お金)はどうやら人間が村落共同体を超えて交換を行う際に必須の装置のようですが、貨幣らしきもののない交換もありますし、それを贈与だといってしまうこともできないと考えています。交換の概念は多様化しているのではないでしょうか?
〇人間が作り上げたシステムが人間を阻害しないために
河村:経済は上に書いた2種類だけでなく、もっとあるのではないかと考えます。
3)「貸し借り」「金利授受」
4)「マネーの発行」「収税・納税」
5)「奪い合い」「ギャンブル」「搾取・窃盗」「戦争」
1)と2)で自立し、3)~5)とは棲み分けたコミュニティを作り、UC(United Community)でコミュニティ間で助け合う関係も作っていく、というのがCWBの使命かなと考えます。
マネーの流通量で言えば圧倒的に3)~5)が大きく、3)~5)はつながりあって利権やバブルを生みだし、モラルハザードが蔓延し、若者の絶望につながっていると思います。ここ最近の若者の私たちへの問合せを聞くと、本当に関係性を欲している、あるいは関係性に絶望している、と感じています。
松井:交換や売買と贈与とは全く違うものに見えますが、河村さんが指摘されているように「形成される社会関係」が肝要になっています。社会関係を恒久的にするために交換や贈与がが行われている場合もあります。贈与と交換は別物というよりも類縁関係(従兄弟関係)で、両者を支えるのが、人間が持っている「社会関係を構成したい」という欲望だと考えています。
3)に関しても、イスラム金融のように社会関係の中で行われる場合と、銀行等の融資では全く別になります。5)も「競争」がマネーなり利得なりに集中すれば、5)になるでしょうし、多面的な次元に評価基軸があれば「競創」になる可能性も持っています。
どちらにしても、強調したいのは「資本主義経済」「マネタリズム経済」「政治体制」など一般名詞で呼ばれるモノが、人間を阻害(疎外)しているのではなく、人間自身がそうしたシステムを生み出してきたのだということです。逆にいうと、どんなにシステムが変わったとしても、人間自身が変化しなければ、そのシステムは再び人間を阻害(疎外)するものになるということです。CWBの中で教育が中心的な意味合いを持つのは、人間の変容を唯一導ける可能性があるのが教育だからです。インスパイアする・されるという関係も、それぞれが互いの価値を認め合えるかどうかが肝心です。インスパイアされる側、インスパイアする側のどちらもが、対等の人間として尊重すべきものが何かをきちんと心得ている必要がある。そこが抜け落ちてしまうと、インスパイア経済もマネタリズム経済も名前が違うだけになると考えています。
河村:『贈与と交換は別物というよりも類縁関係(従兄弟関係)で、両者を支えるのが人間が持っている「社会関係を構成したい」という欲望 』はおっしゃるとおりですね。CWBが考える「経済」は金儲けではなく「交換による社会関係づくり」というのはシンプルでわかりやすいと思います。人にいろんな欲望がある中で、この「社会関係を構成したい」という欲望が強い人を集めてそれに応えられるコミュニティ、アソシエーション、ネットワーク、にしていきたいです。
もっと多くの人を引き込んでいくにはセーフティーネットが必要と思いますが、まずは生活を守ることで精いっぱいになっていない心に余裕がある人、それよりも社会関係への欲望の方が強い人、に伝わる実体を私たちは実践で作っていきたいと思います。それも国境を越え、世代を超えての協働で、です。協同組合の理念もここで繋がるのではないでしょうか?