口に糊するということーその2

先月号にこのタイトルで原稿を書かせてもらった後、なんだか中途半端に終わったなという気になってしまった。そこで無理をいって続きを書かせてもらうことにした。なぜ中途半端だと感じたかというと、先月号の最後に「自分が決めた自分の稼ぎ。そのためにもがき苦闘する。そこが自立の基礎になる」と書きながら、そして自分の最低限を知り半端仕事を重ねて…と書きながら、そのために必要な技能のことを何も書かなかったからである。最低限を確保し、自分の稼ぎで凌いでいくために、私が不可欠だと考えている技能がいくつかある。そのことを今回は書いてみたい。

 まずは交渉の技能。断っておくがコミュニケーション能力ではない。私は、コミュニケーションを人間の本能的な能力だと考えているので、わざわざ能力をつけて獲得しなくてはいけないようにいいたてる必要性はないと思っている。それにコミュニケーション能力といった途端、言葉をうまく操る能力と誤解される場合が多いから、この言葉を使いたくはない。交渉の技能はいわゆるコミュニケーション能力という言葉で指示されるような事柄とよく似ているけれども、要のところで異なっている。交渉という限り、それは相手がいることを前提にしているし、虚実半ば、権謀術数、狸と狐のだまし合いというところもあれば、誠心誠意、赤心を吐露することもある。コミュニケーション能力という言葉にはこうした変化自在・善悪と虚実の狭間という交渉の醍醐味がすっかり抜け落ちている気がする。

 善悪、虚実と書いてはいるが、交渉事は自分と相手の利益と損失が微妙に絡まり合って成り立っているから、自分に取っての真実や前が相手にとっても真実であり前であるとは限らないということをいいたいのであって、人を騙せとかずる賢くあれという勧めではない。相手を頭っから悪人扱いをする必要もないし、かといって最初っから信用しきってもいけない。話しをしながら、相手の雰囲気や顔色を読みながら、信頼できるのか、信頼できるとしたらどこまで、どんな場合になのか、相手が裏切る(自分が損失を受けてしまう)時はどんなときなのか、損失をどこまで受容できるのか…いろんなことを「読み」「賭け」るのが交渉事だ。自分で自分の稼ぎを定め、自分の稼ぎの中でやっていくためにはこの交渉事に精通する必要がある。自分の稼ぎで自立するということは、賭けるものが全て自分のものだけになることでもある。これが会社に雇われて稼いでいるのであれば、賭けるものは自分のものとは限らず会社のものである場合が多い。安心なように見えるかもしれないが、他人が勝手に会社のものを賭けてその結果会社がなくなってしまって自分が損失を受ける可能性もある。 自分のものを自分で賭ける以上、利益も損失も自分で引き受けることになる。 である以上、否が応でも交渉事に長ける必要がある。

 とはいえ、決して難しいことではない。常に勝つことを目指さなくても良いからだ。いやむしろこういった方が正確だろう。自分の稼ぎを賭ける交渉事に本来勝ちも負けもないのだと。自分の稼ぎは自分自身が決めた自分の人生の過ごし方でもある。だから金儲けの視点で損をしたとしても、それは「負け」という訳ではない。人生に勝ち負けはないというとなんだか格言めいて決めつけているようで嫌なのだが、勝ちとか負けとか他人の人生に優劣を付けることができると思うのは、傲慢なのではないかと思う。もし人生に勝ち負けをつけることができるのだとしたら、それはその人生を生きている本人だけだろう。他人の評価に左右されない自分の評価としての負けと、いわゆる「勝ち負け」とは次元をことにすることだと思うのだが、どうだろうか。自分自身が自分のことをどう評価するかは別として、本来勝ち負けがないと「本来」をつけるのは、勝ち負けがありそれが固定化する場合があるからだ。

 交渉事で損をするにしても得をするにしても、その結果がどのように生じそこから自分が何を得ることができるかをきちんと把握できるのであれば、一時の損も得も「経験」という二字に還元される。その経験から何を得ることができるかはその人次第だ。けれど交渉事であるはずなのに交渉事になっていない場合は、結果は経験に結びつかない。たとえば例年にない不作でどうしても次期の種籾を買う金銭を借りなくてはならないのに、金利がとてつもなく高く、返すあてのない借金をしなくてはならないとしたら。自分の商品が最終的に誰に買われて、そこではどのように評価されているのか、全く情報がないとしたら(大概こういうときは買い手の評価は思っているよりも高くて、中間業者に「ぼったくられて」いる場合が多い)。こういう場合は一見交渉事に見えるものは実際には一方的通告であって、結果から学ぶも何も与えられた状況を受け入れることしかできない。そして受けれいるだけの状況から人は学ぶことはできない。経験にならないのだ。経験にならない損得は勝ち負けを産む。いや正確にいえば最初から勝ちと負けは決まっている。そう「勝ち組・負け組」の世界だ。これから脱出する道は困難かもしれない。が、その道の一つが自分の稼ぎを考えることだと思っている。だからこそ、自分が行っているのが本当の意味での交渉事かどうか、経験が積める結果を認識できるものかどうかは常に点検しておいた方がいいだろう。それが交渉の技能を磨くことにもつながる。

 二つ目は自分をプロモートする技能、自分や自分の仕事を演出する力だ。いかに魅力的に見せるかという技能でもある。そのためには時と場所、そして相手を知り、自分の特質を考えなくてはいけない。特質を知るのではなくて、考えるという点を間違えないでほしい。自分の特質なんて自分自身にも分からないことが多い。むしろ時と場所そして相手によって自分の特質が変わることの方が自然だろう。同じ「ご飯食べたよ」と言うにしても、言う相手が親か恋人かで口調が変わらないだろうか。ため口ではなせる友人もいれば、無理にでも敬語を使おうとするときもあるだろう。プロモートはこういう口調を変え、態度を変えることでもある。相手にあわせて自分や仕事の見せ方を変える。これは不誠実でも何でもない。稼ぎを稼ぐためには絶対に必要な技能だ。そしてこの技能を真っ当に磨くことは自分の引き出しを増やすことにも通じる。ここでいう引き出しは言葉の使い方から、仕事に必要な技能、場合によっては自分の稼ぎとしての仕事そのものも含んでいる。求められる役割をこなして行くうちに、自分でも思いもよらなかった自分の能力や稼ぎ方に気がつくときもあるはずだ。そしていかに自分や自分の仕事の見せ方を考えることは、相手の欲求や考えを読むこと知ることにもつながる。そう、自分をプロモーツすることは交渉事を有利に進めるためにも必要なことだ。的確に相手の欲求を知り、その欲求をかなえることができるものを自分が持っていると相手に知らせること。これがプロモートの基本だ(いたずらにパッケージデザインに凝ることではないので、念のため)。プロモートする技能を磨くためには、言葉も磨かなくてはならない。自分の周りの狭いサークルを超え、世代を超え、きちんと自分を伝えるために、様々な言葉を知り操る必要がある。さらには、言葉だけでなく様々な方法(絵、仕草、イントネーション、表情等々)で伝えることも大事だ。そのためにも相手の背景はきちんと知っておこう。おなじ身振りが全く逆の意味になってしまうことも、この世の中にはごまんとあるのだから。

 最後に。いつどんなときでも笑える力。どんなときにもきちんと笑えることができるのは、自分を客観視できることでもある。苦境や災難の中で眦を決するのではなく、事態をおもしろがることができれば、冷静になる余裕が出てくる。これは一番難しいかもしれないけれど、一番大事な力でもある。私にもこれをどうやって身につけたら良いのかは分からない。無理にでも笑えという人もいるけれど、そうやって出てくる笑いの声は虚しくて到底力にはなりそうにない。だからいろんな方法を試してみてほしい。そしてその経験を他の人に伝えてあげてほしい。もしかするとあなたが試した方法が他の人の役に立つかもしれない。あなたが失敗した方法で他の人が成功するかもしれない。そしてあなたも他の人の経験に助けられるかもしれない。自分の稼ぎでやっていくことは、決して楽な方法ではない。だからこそ「笑い方」の交換は何より大事な真からの相互扶助であり、お金より物資より力になるものなのだ。